頭蓋の形状でその人の精神の状態を洞察するフレノロジーについて―スピリチュアル史解説[コラム]
掲載日時:2009.10.16 18:00 コメント [0] , トラックバック [0]
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手相術や人相術は、日本でもおなじみの占いなので、みなさんもよくご存じのことと思います。いずれの占いも、人間の身体の特定の形状や特徴が、その人の「性格」や「才能」、または「運命」までをも表わしているということを前提としています。
では、みなさんは「フレノロジー」(phrenology)というのをご存じでしょうか(日本では「骨相学」としばしば訳されていることもあります)。
ひとことで言ってしまえば、フレノロジーとは、頭蓋の形状を調べることで、その人のパーソナリティーの特色を知ることができると考える19世紀前半の科学理論です。確かに、手相術や人相術と発想自体が似ているように見えるため、フレノロジーは「占い」の一種として思われがちですが、実際にはそうではなく、当時それは明らかに先端の「科学」のひとつとみなされていたものなので誤解のないように。
ところでフレノロジーには、単に昔の「科学」というだけでなく、「マイスピ」的観点から見ても、あえてコラムとして紹介するに値するほどの非常に興味深いところがあります。
それはフレノロジーの理論の応用が、後に当時の人々をスピリチュアル体験へと導くためのテクノロジーへと進化していったということです。ただし今回は、フレノロジーの進化の道筋の全容を書くとなると、当然のことながら長くなり過ぎてしまいますので、フレノロジーとは何かをまずは紹介しておきたいと思います。
さきほども述べたように、フレノロジーという「科学」では、頭蓋の形状によってその人のパーソナリティーの特色を知ることができると考えます。では、なぜ頭蓋の形状なのでしょう。それにはおおよそ次のような前提があります。
まず人間の脳はいくつかの領域に分けられ、その各々が人間の様々な精神機能に対応しているという考えがあります(要するに、色を感知するのに関係しているのは脳のこっちの部位、音を感知するのに関係しているのは脳のあっちの部位といったように、精神の諸機能と脳の各部位が一対一対応しているという考え)。
そして次に――ここがまさに独特の発想なのですが――その脳の各部位が示す精神機能の優劣等は、そこに隣接する頭蓋の部位の大きさや形状と相関関係がある。したがって、頭蓋の各部位の大きや形状を調べさえすれば、その人の精神の在り方、すなわちパーソナリティーやキャラクターがまるわかりになるはずだ、というわけです。
ここで1枚目の図をご覧ください。
複数の領域に分けられた頭蓋の各部位には、「言語」、「色」、「音」、「数」などといった様々な人間の精神機能が一対一対応させられています。つまり、「言語」に対応する頭蓋の部位が発達していると、その人の言語能力はすぐれていると判断するわけです。ちなみに、頭蓋のマッピングの中には、「肉食の本能、殺人への性向」というカテゴリーもあります。ここでちょっと考えてみてください。かりに、自分の頭蓋を調べられて、そこの部位から「殺人の性向」があると言われてしまったらどうでしょう。しかも、それがフレノロジーの科学的有効性が信じられていた時代だったら。人相術などもそうですが、このように身体的特徴から人間の精神機能が判断され、それで悪い結論が出たとなると、エンタメ的な「占い」としてならまだしも、「科学」の名の下でそれが決めつけられるのは結構イヤなものです。
ところで、このフレノロジーの理論が、現代から見て奇妙なものに思われたとしても、それは19世紀の科学の常識から大きく逸脱していたものだったわけではありません。
ハーバート・スペンサー(1820-1903)やアレクサンドル・バイン(1818-1903)のような大きな影響力のあった学者たちも、異なる感情や精神機能が、それらに応じた異なる生理学的構造へといかにしてローカライズできるかという問いの中で、フレノロジーをまじめに論じていました。そこにあるのは、不可視の精神というものを、可視的な物質的なものへと移し換え、計測可能にしようとする明らかに近代科学的まなざしだと言えるでしょう。
フレノロジーのアイデアの出所は、もともとウィーンで開業していたドイツの医師フランツ・ヨセフ・ガル(Frantz Joseph Gall, 1758-1828/写真上)の頭脳の中へと遡ります。
また、それを大きく広めるのに貢献したのは、熱意溢れるガルの弟子ヨハン・ガスパー・シュプルツハイム(Johann Gasper Spurzheim, 1776-1832/写真下)です。
シュプルツハイムの努力によって、本国ドイツから他国へとフレノロジーの理論は広まっていきますが、それがスピリチュアルな領域へと応用されはじめるのは、特に1840年代の合衆国においてです。
エジンバラでシュプルツハイムのレクチャーを聴いて以来、熱狂的なフレノロジストとなったスコットランド人のジョージ・コーム(George Comb, 1788-1858)が、大西洋を渡って合衆国へと到着します。当時、フレノロジーの第一人者として、コームは東部の主要な町の大部分を巡回しながら精力的なレクチャーを行い、大勢の信奉者を作り出しました。実際、合衆国でフレノロジーが最も盛んだった1840年代は、囚人の矯正、子供の教育、被雇用者の選択などといった、きわめて実用的な事柄にも用いられるようになります。
こうしたフレノロジーの合衆国での大きな成功の中で、その理論は先にも述べたように人々をスピリチュアル体験へと誘導するテクノロジーへと進化していきます。ただし、ここでフレノロジーを進化させるための別の重要なファクターがあったことも指摘しておかなければなりません。それは当時のもうひとつの先端科学であった「メスメリズム」です。
メスメリズムというのは、以前、本コラムでも簡単に紹介した通り、18世紀のウィーン出身の医師フランツ・アントン・メスメルが考案した磁気を使った治療法です。歴史的な事情を言うと、実はメスメリズムもフレノロジーと同時期、合衆国へと進出していました。そこで当時の医師たちは、この二つの舶来の科学をすぐに結びつけることを思いついたわけです。で、その結果、「フレノメスメリズム」(phrenomesmerism)、あるいは「フレノマグネティズム」(phrenomagnetism)と呼ばれるミクスチャーが誕生し、スピリチュアルな領域への通路が一気に開かれることになっていきます。
今回は、フレノロジー自体の紹介ですので、この辺りで終わりにしますが、フレノロジーの進化、あるいは変種ともいうべきフレノメスメリズムについては、また機会を改めて紹介してみたいと思っています。
[Wiki:Phrenology、Franz Joseph Gall、Johann Spurzheim]
(伊泉龍一)
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掲載日時:2009.10.16 18:00 コメント [0] , トラックバック [0]
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