日本の七不思議のひとつ!? ピラミッドの謎を探る
掲載日時:2009.10.16 14:00 コメント [0] , トラックバック [0]
でも、実際はエジプト以外でも、たくさんのピラミッドが発見されていますよね。有名なところではメキシコの月の神殿。中国の奥地などでも発見されていたり......。
実はこの日本にもピラミッドがあったという説があるのをご存知ですか? 日本のピラミッドはピラミッドといっても、いわゆる大きな石を積み上げて作った一般的なスタイルのものではないらしいのです。
その正体はズバリ......山! それらはバラバラに立っているのでなく、16方位(全世界を意味する)のピラミッドラインで結ばれているのだとか。
山がピラミッド? というのもちょっと違和感がありますね。
私も「不思議の日本ピラミッド」を初めて見たときはまさか! 山がピラミッドのわけがない、と思ったのですが、読み進めていくうちにグイグイ引き込まれてしまいました。
......というのです。
日本のピラミッドを提唱したのは酒井勝軍である。
酒井勝軍の生まれは明治6年。山形県の士族の家に生まれた彼は仙台神学校に入学、クリスチャンになる。
(中略)
昭和2年、ユダヤ研究の実績を買われ日本陸軍から、ユダヤ・シオニズム運動の調査のため中東・パレスチナに派遣される。このとき彼は、エジプトにも赴きピラミッドを研究した。帰国後、彼はなにかに取り憑かれたように日本の超古代史の研究にのめり込んでいった。そしてー、ピラミッドが日本で発祥した。いわゆる、日本ピラミッド説を唱え始めたのである。
昭和9年の春先、酒井の元にひとつの情報がもたらされる。「広島、帝釈峡の近くに妙な山がある」
昭和9年4月24日、一路、広島へ向かう。春分のころの7時、しかも山の中、うっそうーと暗い。
「先生! あれっー」
ひとりが指す方を見ると、ほんの目の前にうっそりと巨石が立っていた。
「こっ、これは、ドルメン(支石墓)!」
たしかに、それはドルメン、3体のドルメンを発見したのだった。つづいて、少し進んだところにあった!
幅一丈五尺(4.5m)、高さ一丈二尺(3.6m)ほどの、それは巨大な鏡石だった。そしてその傍には、丈余の石柱(メンヒル)が立っていた。
(中略)
そして、帰途に入るべく振り返った瞬間だった。ピカッ! と稲妻が走った。そのとき見た。松林の向こうに、淡い墨絵のように鮮やかにそびえ立つ山があった。思わず叫んだ。
「諸君! あの山が正にピラミッドである」
酒井はこのときの状況を、その著書『太古日本のピラミッド』の中で感慨深く述べている。
1ヶ月後、酒井は、ふたたび、葦嶽山を訪れる。中国新聞支局長や本村村長ら100人の観衆の見守る中で調査を敢行、その頂上から直径3mの太陽石を発見した。酒井はこれを、複葉内宮(ふくようないぐう)式のピラミッドであると説明、その成立年代を23,000年前と断定した。
なんか不思議ですよね。サイトでは、日本ピラミッドと呼ばれる山がいくつか紹介されています。実際に登るのはムリだとしても、近くに出かけるだけでも、いわゆるパワースポット的効果が期待できそうですね。
(涼月くじら)
● 超本格的ホロスコープシステム「マイスピ占星術」に無料登録して遊ぶ♪
● マイスピ、モバイルサイトもあります
掲載日時:2009.10.16 14:00 コメント [0] , トラックバック [0]
無料会員登録・会員情報修正
RSSフィード取得




































媒体資料をダウンロード
広告に関するお問い合わせ




