宮司さんは元アナウンサー。阪神淡路大震災から15年、神に捧げる鎮魂の祝詞
掲載日時:2010.01.15 10:00 コメント [0] , トラックバック [1]
1月の中旬は必ず関西方面へ足を運んでいます。
例年、滞在先でつい見入ってしまうのはテレビから流れるニュース。この時期、関東で放映されるニュース番組と、地元のそれとでは取り上げる内容にやはり温度差を感じます。
あの震災から15年がたちました。
当時の記憶を忘却の彼方へ押しやることがないように、と地元の局では阪神淡路大震災を扱ったニュースが目につきます。
当時私が第一報を知ったのは朝のニュース番組でした。
遠く関東の地でブラウン管にかじりつくことしかできない自分の無力さに、いらだちと歯がゆさを覚えたことが思い起こされます。
そんな折、当時報道の最前線にいらした方の動向が飛び込んできました。
阪神大震災当時、NHK大阪放送局にいらしたアナウンサーさんが、今は神社に奉職されているとのこと。あのときブラウン管の向こうから、おびただしい犠牲者の名を呼び続けた方が、今は宮司として死者の魂を鎮める側におられるとの記事に、胸を突かれる思いがいたしました。以下、ニュースをご覧ください。
当時、この方が渦巻く感情を抑え、被災された皆様のために冷静に職務を果たされていたという事実を初めて知り、改めて頭の下がる思いがいたしました。阪神大震災の発生直後から7時間以上、被害状況を伝え続けた元NHKアナウンサーの宮田修さん(62)が今、出身地の千葉県で神社の宮司をしている。
縁があって頼まれた務めだが、宮司は人の魂の平安を祈る仕事。1月になると今も落ち着かなくなる心を抑え、17日は、あのとき名前を読み続けたおびただしい犠牲者を思って静かに過ごす。
15年前、大阪放送局で、朝のニュース番組の原稿を下読み中に激しい揺れが来た。約3分後に放送開始。
「地震です。逃げてください」と切り出そうかと思ったが、いつも通り「おはようございます」と、始めた。
原稿はなく、報道フロアから回って来るメモを見ながら被害を伝えた。
阪神高速道路が横倒しになった映像が飛び込んできたとき「大変なことになった」と思った。死亡が確認された人の名を、読み上げながら、「なぜ、いきなり命を落とさねばならない」と、ずっと怒っていた。
「正確に」と、自分を落ち着かせた。トイレも行かず7時間。冷静な放送は高く評価され、自分でも最善を尽くせたと思ったが、事態を思えば複雑な気持ちになった。転勤後も、何度も思い出した。
東京在勤中の1999年秋、知人の宮司から「跡を継いでくれないか」と頼まれた。未知の世界だが、ふとアナウンサー生活をふりかえった。「震災だけではなく、ほかの事件事故でも、一体、何人の死を伝えてきたか。魂を鎮める仕事もいいかもしれない」と、引き受けた。
通信教育で資格を取り、2003年から許可を得て兼務し、08年に定年退職後は、千葉県長南町の熊野神社など32社を受け持ち、地域の神事で祝詞をあげ、町の人たちと話をする。17日は、新年の祭礼。氏子から聞かれれば震災当時のことを話すが、自分からは切り出さない。
「亡くなった人たちのことを考えると心苦しい」からだという。
そろそろ1月17日が近づいてまいります。かの地で催される追悼行事にうかがうべく、そろそろ自分も旅支度にかかりたいと思います。
当時のニュース映像はこちら。
(逢坂杏)
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掲載日時:2010.01.15 10:00 コメント [0] , トラックバック [1]
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