スピリチュアリストでもあった作家のサリンジャー氏、逝去
掲載日時:2010.01.29 16:00 コメント [0] , トラックバック [0]

アメリカ文学を代表する作家、J・D・サリンジャー氏が1月27日に死去したとのニュースが昨日、世界中で報じられました。91歳、ニューハンプシャー州コーニッシュの自宅で大往生だったようです。
サリンジャー氏は1951年に発表した小説『ライ麦畑でつかまえて』によってアメリカ文学史にその名を刻みました。
この作品は世界中で翻訳され、これまでに6500万部以上を売り上げています。日本では1964年に野崎孝氏の翻訳で初めて紹介され、2003年には村上春樹氏の新訳版『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が大きな話題になりました。
ところでこのサリンジャー氏、実は米文学界屈指のスピリチュアリストとしても有名な作家です。
サリンジャー氏は、東洋思想、神秘主義、ホメオパシーや鍼治療などのホリスティック医療、自然食などに強く傾倒し、田舎で隠者のように人目を避けて暮らした「スピリチュアル系作家」でもあるのです。
思春期の少年のイノセンスと社会への反抗をスラングを多用して鋭く描いた『ライ麦畑でつかまえて』は、発表と同時に若者たちに熱狂的に受け入れられ、大ヒットとなりました。
しかし人間嫌いのサリンジャー氏にとって、この名声と喧騒は負担でしかなく、彼はすぐに田舎町のコーニッシュに隠遁し、以来、俗世との縁を切ってしまいます。
その後1953年に発表した『ナイン・ストーリーズ』あたりから、徐々に彼の神秘主義に対する関心が作品に反映され始め、1961年の作品『フラニーとゾーイー』ではさらにその傾向が強くなりました。
娘のマーガレット・A・サリンジャー氏による自伝『我が父サリンジャー』では、徹底した隠遁者でありストイックなスピリチュアリストだった父について、赤裸々な回想が述べられています(極端な性格である父との生活は、彼女の心に大きなトラウマを残したようです)。
サリンジャー氏は1965年の作品『ハプワース16、1924』を最後に、ぱたりと小説の発表をやめてしまい、彼の存在は「生ける伝説」となっていきました。
しかしその後も執筆活動は続けていたようで、晩年の電話インタビューでは「作品を出版しないでいれば、驚くほど平和な毎日だ。(中略)今は自分自身のため、自分の喜びのために書いている」と語りました。
もしそれが本当だとすれば、彼の死後となった今、それらの作品がいよいよ発表されるのではないか? と世界中のファンの関心が集まっています。
内容についてもまったくの不明ですが、年月を追うごとにスピリチュアリズムへの傾倒を強めていった彼だけに、もしかしたらその遺稿は「スピリチュアル文学の傑作」かもしれませんね。
(吉川晶子)
掲載日時:2010.01.29 16:00 コメント [0] , トラックバック [0]
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