霊たちの楽団によるコンサート!? 1850年代、最も大きな話題をさらった奇妙な交霊会―スピリチュアル史解説[コラム]
掲載日時:2010.06.11 18:00
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掲載日時:2010.06.11 18:00
19世紀後半のモダン・スピリチュアリズム・ムーヴメントは、以前、本コラムでも紹介したように1848年のフォックス姉妹の周りで起こる奇妙な叩音からはじまりました。
しかしながら、ほんの数年の内にフォックス姉妹の話題がもはや霞んでしまうほど、遥かに驚くべき霊現象が各地で引き起こされるようになっていきました。
そして以前、本コラムで簡単に紹介したダニエル・ダングラス・ホーム、J・R・M・スクワイア、ダベンポート兄弟、チャールズ・H・フォスターといったもはや「奇術」としか思えないような驚くべきパフォーマンスを発揮し、名声を得るようになるミディアムたちの活躍へとやがて時代は移っていきます。
今回はそういった傑出したミディアムたちの登場の前、フォックス姉妹のすぐ後に非常に大きな話題を集めることとなった、ウェストヴァージニア州に接したオハイオ州の丘陵地のアセンズに住むクーンズ家で起こった霊現象について紹介したいと思います。
■クーンズ家にやってきた「注文の多い霊たち」
1852年、ジョナサン・クーンズはフォックス姉妹からはじまった叩音の記事を新聞で目にします。その後、クーンズは近隣で行われていたいくつかの交霊会に参加。そして、自分自身にもミディアムの能力があること、そして彼の妻と18歳の息子も、同様にその能力を持っていることをすぐに発見し、自宅で交霊会を行うようになります。
クーンズ家の交霊会に現れたのは、これまでに聞いたことのないほど注文の多い霊たちでした。というのも、霊たちはクーンズ家に「霊の部屋」、すなわち交霊会を行うための専用の部屋を作るようにと要求します。しかもその要求も非常に細かく、その寸法、そこの設備や備品などについても指示を出してきました。
部屋全体は12×14フィートの大きさとし、ドアは1つ、そして鎧戸のついた3つの窓を作り、天井は7フィートの高さにするように......等。さらに奇妙なことにも、様々な楽器――テノール・ドラム、バス・ドラム、2つのフィードル、ギター、バンジョー、フレンチ・ホルン、ティン・ホルン、ティー・ベル、トライアングル、タンバリンを用意することを求めてきました。クーンズは律義なことにも、こうした霊たちの指示に素直に従い、苦労してその準備を整えました。
■霊たちによる盛大なコンサート
こうして霊たちの要求通りに準備を整えた後、霊たちはそれらの楽器を用いて大騒ぎをはじめます。外にまで鳴り響くその演奏を聞きつけた隣人たちは、すぐさまクーンズ家へと集まって来ました。さらにその噂はすぐに広まり、遠方からも訪問者が続々と訪れるようになります。
ニューヨークの有名なスピリチュアリスト、チャールズ・パートリッジもその噂を聞きつけてクーンズ家の「霊の部屋」にやって来た1人ですが、彼の報告によれば彼が到着したときには、その夜のパフォーマンスのために、すでに少なくとも50人が集まっていたそうです。
「霊たちのコンサート」とも言うべきこのクーンズ家の交霊会でのプログラムの進行はたいがい決まっていて、それはおおよそ次のようなものでした。
観客が着席すると、ドア及び窓は閉められ、灯りが消されます。演奏はバス・ドラムの轟渡る音からはじまります。そしてクーンズはフィードルで陽気な曲を演奏しはじめます。するとすぐにホルンとトランペットが加わり、さらにタンバリンとドラムが続きます。しかもさらに驚くべきことを言うと、ドラムを除いた他の楽器は、音を鳴らしながら観客のすぐ頭上をグルグルと旋回していたそうです。
楽器の演奏が終わった後は、霊たちの歌声が聞こえてきます。部屋を完全に満たすほど次第に大きくなっていくその合唱は、非常に素晴らしいものだったと伝えられています。1855年の『スピリチュアル・テレグラフ』の中で、チャールズ・パートリッジは、「わたしはこれほど素晴らしいハーモニーをこれまで聞いたことがない」とも述べているほどです。
ちなみに、式典のマスターとして霊の楽団の演奏を取り仕切ったのは、「キング・ナンバー・ワン(King Number One)」と名乗る霊でした。これまた驚くべきことにも、彼はティン・ホルンを通して流暢に語りました。彼が言うには、演奏している自分たちは、数千年近くアダムに先立って生きていた最も古代の原初の人間であり、自分たちのことを「オレス(Oress)」と呼んでいました。
こうした霊たちによる派手な楽器のパフォーマンス、そしてティン・ホルンを通して言葉を発するキング・ナンバー・ワンの出現というクーンズ家の交霊会の模様と比べれば、もはやフォックス姉妹の周りの霊たちの叩音によるコミュニケーションは、なんとも地味で控え目にすら思えてきます。
■暗闇に出現する「輝く手」
しかしながら、クーンズ家の霊たちの活動はそれだけではありません。
音楽プログラムの終了後には、暗闇の中で輝く霊の手が出現しました。手首のわずか上までのその手は、実際に触れることが可能でした。また交霊会の最後の締めとして、霊の手は紙の上に信じられないほどのスピードでメッセージを書き記したそうです。
それにしても、これらは本当に起こったことなのでしょうか? あまりにも陽気な霊のはしゃぎぶり、そしてアダム以前の人間だと称し、キング・ナンバー・ワンといういささか子供じみた存在からして、クーンズ家の交霊会は、実際の目撃者ではない部外者からしてみればすぐに信じることはためらわれるのではないでしょうか。
しかも、こうしたクーンズ家の交霊会の模様の報告は、霊の存在を紛れもなく信じるスピリチュアリスト、あるいはそもそもその実在を確信したいと思って集まってくるスピリチュアリスト予備軍たちからの報告に依存したものであるため、そこでなんらかのトリックが用いられていた疑いを拭いさることはできません。
■後世に続く交霊会のプロトタイプ
初期スピリチュアリズム・ムーヴメントにおいて、参加者を熱狂させ、大きな話題をさらったクーンズ家での霊たちのコンサートが、果たして本物か偽物かはさておき、その派手なパフォーマンスが以後の交霊会のあり方の明らかな予兆でありプロトタイプだったことは間違いありません。実際、この後に登場する前述の傑出したミディアムたちの「奇術」めいたパフォーマンスのいくつかは、クーンズ家の「霊の部屋」で起きた暗闇でのスペクタクルから明らかにインスピレーションを得たことは確かです。
いまだ懐疑論者たちによる本格的な介入がはじまる前の1850年代。霊たち、あるいはミディアムたちにとっては、その力を思う存分発揮できるまさしくスピリチュアリズムの絶頂期とも言うべき時代でした。そんな中、交霊会に参加してその驚くべき現象を体験した多くの人々が、続々とスピリチュアリズムへ回心させられていきました。
科学者による統制下での実験。マジシャンたちによるトリックの暴露。信奉者と懐疑論者の間におけるスピリチュアリズムの真実を巡る攻防。それがはじまるのは1860年代以降のこと。それについてはまた機会を改めて紹介したいと思います。
(伊泉龍一)

フレッド ゲティングズ (著), Fred Gettings (原著), 松田 幸雄 (翻訳)


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