鏡開きは神様にパワーをもらう大切な儀式だった!?
仕事始めから早1週間が過ぎ、先週がお正月だったなんて信じられない――なんて感じている人も多いのではないでしょうか?
七草粥を食べて、鏡開きをすれば、お正月の行事もとりあえず終わりですね。その鏡開きですが、子供の頃、鏡餅だけは最後まで食べさせてもらえなくて、なんで? と思った記憶がありませんか?
どうして鏡餅は鏡開きまで食べてはいけないのでしょうか?
カラーコーディネーターであり、AII Aboutのガイドをしていらっしゃる三浦康子先生によれば......
お正月は年神様をお迎えする行事であり、その年神様へのお供え物が鏡餅ですから、年神様がいらっしゃる間は食べてはいけません。
年神様がいらっしゃる間を松の内といいますが(1月7日まで。関西などでは15日まで)、松の内が明けた11日に鏡開きをする のはそのためです。(松の内を15日とする地方では、鏡開きを15日または20日に行う場合が多い)
昔は二十日正月といって20日に鏡開きを行っていたのですが、徳川三代将軍・徳川家光が慶安4年4月20日に亡くなったため、月命日の20日を避けて11日になった
と言われているんだそうです。
その鏡餅ですが食べないで飾っておくだけというのもダメなんだとか。それは以下のような理由からだそうです。
鏡餅を飾っておくだけだと、年神様にお供え物をしたにすぎません。また、鏡餅は単なるお供え物というよりも、年神様が宿るところだと考えられているので、鏡餅を開くことで年神様をお送りし、お正月に一区切りつけるのです。
さらに、年神様の力が宿った鏡餅をいただくことでその力を授けてもらい、1年の一家一族の無病息災を願います。供えて、開いて、食べてこそ鏡餅の意味があるんですね。
つまり鏡開きは、年神様からパワーを授けてもらう大切な儀式だったのですね~!!
でも、なんで鏡開きっていうんでしょうか?
鏡開きは、今でいうところの仕事始めを意味していて、武士は具足などを納めていた櫃(ひつ)を開き、商家では蔵を開き、農村では田打ちという作業をして1年の出発としていたということに由来するそう。
剣道、柔道などの道場で、新年の道場開きに鏡開きをして、お汁粉などをふるまうのは、その名残りなんだだとか。
また、この鏡開きは武家から始まった行事なので、切腹を連想させる刃物を使うのは禁物でした。そのため包丁などの刃物で切るのでなく、手で割り砕くか、槌(つち)で割るようになったのだとか。
また、「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使うようになり、「鏡開き」になったなんたんだそう。
語源ひとつとっても深い意味がありますね~。
そういえば、創立記念日、結婚披露宴などでも樽酒の鏡開きをしますが、お正月の鏡開きと関係しているのでしょうか?
これも三浦先生によれば以下のような納得の説明が。
樽酒の蓋を割ってお酒をふるまうことも鏡開きといいますが、これは樽酒の蓋のことを酒屋で「鏡」と呼んでいたから。
農耕民族の日本人にとって、米からできる日本酒は神聖な意味を持ち、様々な神事を営む際に供えられ、祈願が済むと参列者でお酒を酌み交わして祈願の成就を願う風習がありますね。このお酒が樽で供えられたときには樽の蓋を割ってお酒をふるまうわけですが、やはり縁起の良い「開く」という表現を使うのです。
つまり、鏡餅の鏡開きも、樽酒の鏡開きも、新たな出発に際して健康や幸福などを祈願し、その成就を願う
......という意味があるんだそうです。
もうすぐ11日、ハッピーがいっぱいの1年になることを願って、みなさんも、鏡開きを楽しんでみてはいかがですか?
(涼月くじら)


